ルットは逃げなければならない。 誰から? なぜ? 彼女はそうするしかないことを知っているが、なぜだかわからない。 アルジモン先生や、アンチョビことマルクのように彼女を助けたい人さえも秘密に覆われている。ルットを探している人たちは、彼女に対してどんな関心があるのだろう? 彼女はどこに行くのだろう? なぜ? 3部作La luz de Artús(アルトゥスの光)の第1部Caminos de noche(夜道)では、すべてが解決されるわけではない。
エリカはあらゆることを街中で学んだ。 彼女は20歳になったばかりだが、みんなは彼女がもっと年上に見えると言う。多分それは彼女の眼差しのせい。それが彼女を何歳も年上に見せるのだ。 エリカは弟のように見える兄サムエルと暮らしている。兄はいつも彼女にお金を借りている。いつももめごとに巻き込まれている。彼は彼女よりもっと強い思いで、家を出ること、そしてその汚くて暗い穴倉を後にすることを夢見ている。その穴倉には足りないものがあるが、それについてふたりは決して話すことはない。
フリオ・コルタサル。痩せてひょろっと背が高く、黒髪、鼻っ柱が強く、ひげ面、太ふちめがね、永遠の若者のような顔立ち。現代文学の中で最もよく知られ愛されている作家のひとりで、ラテンアメリカ・ブームを語るうえで欠くことはできない存在。私たちはコルタサルの人生の最も重要で啓発的なエピソードを、ヘスス・マルチャマロとマルク・トリセス作のこの伝記漫画で辿り、コルタサルの世界と彼の文学の大筋を知る証人となる特権を得られる。
晩年にさしかかったイレーネは、まだほんの子供の頃に彼女の人生を永遠に変えたできごとを思い出している。あの数日後、グラナダの海とマドリードへの引っ越しまでの間のあの頃からずっと隠し通すことになる秘密が生まれた。彼女の物語は、聖職を放棄し、過去に直面することを拒む孤独な老人エンリケの物語と絡み合う。 彼はソリアの、山に守られた小さな村にある荒廃した屋敷に住み、あらゆる時空から隔絶していると感じている。 ふたりとも時々、心を許して打ち明け話のできる若いカップル、マリアとアロンソとつきあっている。
ガラスの地と呼ばれる世界に、星と話す民が住んでいた。その土地では年配者が子供にとても小さいうちから星とコミュニケーションする術をおしえるのだが、言葉ではなく心を使う。ガラスの地の子どもは7歳になると大きなお祭りをして、自分が交信することを学ぶ星を選ぶのだ。クリソルは緊張していた。その晩、誕生日を迎えた彼は、お祝いの後で自らの星を選ぶことになっていたから。自分自身を信じることと自尊心についての童話。
2014年マドリード。サラは、3歳の娘シャムの父親の身を案じ、不安にさいなまれながら暮らしている。彼はダマスカス(シリアの首都)で行方不明になり、消息がない。気持ちを落ち着けようと、サラは彼とシリアで出会い、すべてが始まった2011年のできごとを綴ることにする。そこからはサラの日記の章と、ダマスカスの5人の若者の日常を3人称で描いた章が交互に展開する。
数週間前から、説明のつかない奇妙な出来事についての噂が流れている。見えないパワーに攻撃されたと言う生徒もいれば、ひとりでに空中を動いていく物体を見たとか、不可思議な存在が廊下で待ちうけているのを感じたという者もいる。いったい何が起きているのか。「声」にはあらゆる趣向の理論が集まるが、一番支持を得たのは超常現象だとするものだった。つまり、あのよく知られた「屋上の少年」の悲しい物語をみなが思い出す……ということは、中学校に幽霊がいるのか。
おじいちゃんはひどい病気で、おばあちゃんが面倒をみてる。食事を作ったり、薬をあげたり、お風呂に入れたり、一緒にいてあげたり。おじいちゃんには孫娘がいて、一緒にいるととても楽しい。ふたりは口笛を吹いておばあちゃんをからかったり、秘密を話し合ったり、大笑いしあったりするが、ある日、突然すべてが変わることになる。
ジャングルは動物にあふれ、わずかな数の人間が、わくわくするような、そして時に危険な環境で生きている。そんなジャングルの様子が、オラシオ・キロガによってとてもユーモラスに語られる。若い読者たちは、ワニたちがいかにして人間の脅威から川を守るか、どうしてフラミンゴは一本足で立つのかについて楽しく読むことできるだろう。また小さなハナグマが身を粉にして子どもたちと共に暮らす話、カメが甲羅の上にひとりの男を乗せて命を救う話に興奮するだろう。これらの物語は何よりも、自然や連帯に対する賛歌なのだ。