インスティトゥト・セルバンテス東京の主催で4月に開催さ れた講演会「¡Bang! スペイン語圏女性作家の文学ブームを読み解く」に登壇したスペインの女性作家アロア・モレノさんとララ・モレノさん。アロアさんは、本サイトでもご紹介した小説『La bajamar(引き潮)』で、スペイン内戦や現代社会の問題を、バスク地方の祖母、母、孫と三世代の女性たちの視点から描いています。一方『La ciudad(都市)』の著者ララ・モレノさんは、大都市に暮らす女性たちを、移民、性暴力、不平等などのテーマから描いています。来日を機に、スペイン語圏における女性作家とフェミニズムについてお話を伺いました。
スペイン語圏文学におけるフェミニズム
Q:世界で女性文学の人気が高まっているようですが、スペイン語圏での状況はいかがですか?
アロア:確かに世界の動向と平行して、スペインでも女性作家の文学が注目を集めるようになってきました。ひと世代前の女性たちは家事に従事している人が多かったけれど、今は女性もきちんと教育を受けられるようになったことで、相対的に執筆する女性が増え、出版できるチャンスも広がったからです。
インスティトゥト・セルバンテスで開催された私たちの講演会のタイトルには「Bang!」という言葉が入っています。今の女性作家の人気は「Bang!」と呼ぶのにふさわしい現象で、まだ「ブーム」と呼べる状況にはなっていないと思います。「女性作家ブーム」と呼べるのは、完全に男女平等な条件のもとで女性作家の文学が際立った現象です。でも、まだまだ男性作家の方が出版物も受賞作も多く、男女平等にはなっていません。一方、「Bang!」は何かが壊れたことを示す表現です。私たちはようやく男性主流だった文学界の一部を打ち壊したにすぎません。
ララ:この現象は社会運動と密接にかかわっていると思います。女性の社会的地位の向上に比例して、女性作家の作品も書店に多く並ぶようになってきました。でも最新のスペインの出版データを見ると、著者の男女比はまだ60対40くらいです。その前年のデータでは70対30だったので、この一年で大きく伸びた感はありますが、文芸賞の受賞者も依然として断然男性が多いですし、まだまだ溝は小さくありません。
アロア:昔から女性の方が男性よりも読書をすると言われていて、男性が書いた小説を女性も楽しんでいました。でも、私は男性が描いた女性像と自分の現実に共通点をあまり見出せていませんでした。女性自身が描いた女性像が読めるようになって、ようやく共感できる登場人物を見つけ、特別なつながりを感じられるようになりました。
ララ:女性作家たちの作品は、出版時期がなるべく重ならないように出版社側が配慮しているケースもあるそうです。それは女性作家の市場がまだまだニッチだということの証拠で、男性作家の本を出版する場合は、よほどベストセラー作家同士でない限り、そのような配慮はされないでしょう。女性作家の本を買う読者の大半は女性ですから。
アロア:問題は今まで享受してきたマチスモの特権を手放したくない男性たちが、平等を求める女性たちの声や、母親が抱える問題などを描いた作品に興味を示さないこと。人間は誰でも女性から生まれているのにね…。
Q:執筆する際、フェミニズム的視点を意識して書いていますか? それとも自然にそういう作品になるのですか?
アロア:私はマチスモに対抗して作品を書こうとか、フェミニズムの主張をしようと思って書いているわけではありません。これまで描かれてこなかった人たちについて語ろうと思って書いているのですが、するとどうしても歴史上片隅に追いやられていた人たちに目が行きます。その多くが女性だということです。
ララ:私はフェミニストですが、それは政治的思想や活動といった部分とは異なる、世の中を見る視点という意味においてです。世界は社会的格差、人種差別、性差別など、不平等にあふれています。少しでも平等な世の中にしたいと思っていると、自然とそういった視点から移民女性や、家庭内暴力の被害女性などを観察して描くようになりました。世界を変えようとして書くなどおこがましいことは考えていません。白人という世界的には恵まれた立場にいる自分の意識を鍛えるために書いている、という側面もあります。
アロア:社会的に恵まれない女性だけでなく、たとえ高級住宅に暮らす裕福な婦人を描いたとしても、私たちの小説のメッセージは似たようなものになるでしょうね。ついこの間まで女性作家が描く世界は、彼女たちがこれまで生きてきた狭い社会をリアリスティックに描写したものに限られていました。女性たちが書くことを許された範囲の世界です。しかしこれからはその域を超えて、もっとフィクションやファンタジーなど広いジャンル、自分たちの枠の外の世界も描く作家が増えるといいなと思っています。実際に公の場に居場所を見つける女性たちが増えたら、そういう小説がもっと出てくるでしょう。
Q:女性作家の小説の人気が高まる一方で、男性作家3人が女性のペンネームで発表した犯罪小説が、2021年にプラネタ賞を受賞しました。男性なのに女性作家のふりをしたい作家がでてきているようですね。
アロア&ララ:「カルメン・モラ」ね!(笑)
ララ:20世紀の初めに活躍したスペインで最初の女性ジャーナリストといわれるカルメン・デ・ブルゴスは、読者に女性であることがわからないようにと、男性の名前で新聞に記事を掲載することを強いられました。
アロア:それが今や、ひとりの女性作家のふりをするのに、3人の男性の頭脳が必要な時代になったんです(笑)
ララ:読者たちは著者が女性だと信じました。私はまだ読んでいないけれど、彼らは脚本家なので、ストーリー展開が上手なのでしょう。
アロア:すべて販売促進のためのマーケティング戦略だと思いますよ。女性作家だと思われていた著者が実は3人の男性だとわかった後、販売数は大幅に伸びましたからね。戦略的には大成功でしょう。
アロア・モレノ Aroa Moreno Durán
1981年生まれ。『La hija del comunista(共産主義者の娘)』で2017年、批評眼賞の同年における最優秀小説賞を受賞。『La bajamar(引き潮)』は2作目の小説。その他、詩集や、フリーダ・カーロやガルシア=ロルカの伝記も出版。
ララ・モレノ Lara Moreno
1978年生まれ。小説『Por si se va la luz(灯りが消えたら)』(2013年)、『Piel de lobo(狼の皮)』(2016年)に続き、2022年に『La ciudad(街)』を刊行。その他短編小説、詩集、エッセイも発表している。短編『Toda una vida(すべて人生)』で2013年にコセチャ・エニェ賞受賞。