閉ざした目
レポート執筆者:宇野 和美
Kazumi Uno
■概要
暴力の記憶を封じこめ、沈黙に包まれてきた山深い小さな集落に住む老人と、何らかの理由でその村にやってきた女性。現在と過去を行き来しながら、秘められた事実が明かされる。エウスカディ文学賞(スペイン語部門)受賞作。
■登場人物
ペドロ 山で国民軍に殺されたミゲルの息子。母はロラ。ホセとともに山羊を追う。村に住み続ける。
ホセ 国民軍の兵士フェデリコの弟。山羊の番をする。のちに村を出る。
テレサ フェデリコとホセの母親。
アデラ 山で殺された男(エバリスト)の妹。兵士に強姦されて、アンドレスを産む。
アリアドナ 何らかの理由で村にやってきた女性。
エロイ アリアドナの夫。やがて都会に戻る。
■あらすじ
山あいの小さな村プエブロ・チコ(「小さい村」の意味)では、内戦が始まったときに、ペドロの父ミゲルと4人の男が山に逃亡し、国民軍(フランコ側)に抵抗してきた。
内戦終結後まもない早朝、トラックで軍人たちがやってきて、村人を広場に集め、行方不明になっている5人の男たちのことを調査する。たずねて記録するのは、村出身の若い軍人フェデリコ。ロラは、夫ミゲルは戦争が始まってすぐにいなくなったまま、連絡がないとこたえる。山に逃げた男の家族はみな同様にこたえ、軍人たちは去っていく。
だがそのあと、フェデリコをはじめ軍人たちは山狩をして、ミゲル以外の4人の男を見つける。軍人は「どこにいる?」とたずねては、4人の頭を撃ちぬいていく。
山狩が行われているとき、フェデリコの弟ホセと、ロラとミゲルの息子ペドロは二人で山で山羊を追っていた。少年たちは、4人が惨殺されるところを草陰で目撃する。
銃声を聞きつけたロラと、ホセの母テレサは、息子の身を案じて山にのぼる。
その後、軍人たちはミゲルを見つけ、ちょうどそこにロラが現れる。
どこまでを山で見たかわからないが、ペドロは村に戻ると、母が広場に置いたままにしていったバケツを拾って家に帰り、そのまま高熱を出す。母ロラは帰ってこない。
それからまもなく、フェデリコは村に戻って村役人になり、母テレサの自慢の種となる。母にりっぱな台所セットをプレゼントし、自分は、逃亡の末に山で殺された村人が住んでいた家で暮らすようになる。ペドロはテレサの世話になりながら、これまで同様ホセと山羊追いに出かける。
やはり山で銃殺された村人の一人、エバリストの妹アデラは、やがて子をみごもる。教会の脇の小屋で、複数の軍人に強姦されたのだ。誰の子かわからない子ども。月が満ちずに生まれた男の子は、アンドレスと名付けられる。
時に、山は人をのみこむ。山の中のところどころにあいた深い穴に落ちたり霧の中で迷ったりして、山に行ったまま帰ってこない村人がときどきいる。風が吹いた冬、牛たちが次々に崖から落ちて死んだこともあった。
あるとき、山羊の番をしにいったペドロの帰りが遅かった日、テレサはフェデリコにペドロをさがしに行かせる。ペドロは、フェデリコが山中の穴のそばにきたのを見て、石を投げつける。石は命中し、フェデリコは穴に落ちていく。
フェデリコは家に帰らず、母テレサは嘆き続ける。その1年後、ホセが村を去る。ペドロはホセのかわりに、テレサの家の山羊の世話を続ける。
ある朝、山中で冷たくなっているテレサが見つかる。遺品の中にあったフェデリコの写真を、ペドロはそっとポケットに入れる。
またある日、アデラが梨の木に首を吊って死んでいるのが見つかる。
アデラの息子アンドレスは、ペドロが面倒を見るようになる。ペドロがいないときは、アンドレスと同年代のバルドメロが気にかけ、世話をやく。
バルドメロは青年になり、やがてピルカという女性と結婚する。バルドメロを慕っていたアンドレスは悲しむが、未熟児で生まれたアンドレスは小柄で、発達に遅れがあり、誰とも結婚しないまま、村で暮らし続ける。
数十年の時が流れ、プエブロ・チコに、50代の夫婦アリアドナとエロイが転居してくる。そこで調べたいことがあるというアリアドナの希望からだった。アリアドナは校正の仕事をし、エロイは会社員としてリモートワークをし、それぞれにパソコンに向かって働きながら、暮らし始める。
村には週に一度、パンや食料品を売りにトラックがやってくる。ある日、アリアドナがパンを買いに出ると、バルドメロ、アンドレスとよく広場にいる、松葉杖の老人ペドロが近づいてきて「山には気をつけろ。人をのみこむでな」と言って去っていく。
アリアドナは次第に村になじみ、村の女たちと話すようになる。村の中を散策し、エロイとともに菜園づくりをはじめる。
一方、エロイは村になじめず、時に仕事のために都会に戻る。ごく少数の老人しかいないプエブロ・チコの生活に、エロイは不満をつのらせていく。
やがてエロイは、町に戻ると言い出す。リモートワークは限界で、会社勤めを続けるにはほかの選択肢はないと。二人は20年続いてきた事実婚の関係を解消する。エロイは町に家を持っていて、別れるのはたやすかった。
アリアドナは一人村に残る。別離はさほどこたえず、すんなりと今の状況を受け入れる。
ある日、パン屋のトラックが来たとき、アリアドナはバルドメロの妻ピルカに、パンをペドロに届けるように頼まれる。ペドロの家に行くと、アンドレスに中に通される。衰弱して、ほとんど起き上がることもできなくなっているペドロが、アリアドナに、「あんたのだ」と言ってフェデリコの写真を渡す。
アリアドナはピルカの家に寄り、なぜ自分をペドロのところに行かせたのかとたずねるが、「あなたは誰?」と問い返される。アリアドナは、父親ホセが死の床で、この村のことをうわごとで語ったこと、父の過去を知ろうとこの村に来たことを明かす。ピルカは、フェデリコは彼女の伯父だと教え、知っている限りの村の過去をアリアドナに話してきかせる。
アリアドナは、閉ざされていたテレサの家に入る。室内にも何も残っていない。
その翌日、アリアドナはペドロに呼ばれる。衰弱しきったペドロが「誰も許しを乞わなくなったとき、あんたは誰を許すんだ?」とだけ、はっきりとたずねる。
■所感・評価
構成の妙で読者を引き込み、読ませる小説である。
あらすじは過去と現在のパートに分けてまとめたが、物語は時系列に沿って進むのではなく、登場人物ペドロの現在におけるモノローグ、三人称で書かれた過去、三人称で書かれた現在の3つの語りという46の章が、入れかわりながら展開する構成をとる。ペドロの語りは、過去の回想と現実、夢想と事実が入り混じりとりとめがないが、独特の存在感があり強い印象を残す。最初は何もわからず、手がかりを探しながら読み進めるうちに、パズルのピースが組み合わさるように次第にいろいろなものが見え、過去に起こった出来事が明らかになっていくので、読者は先へ先へとページを繰らずにはいられない。
舞台は、人里離れた山中の小さな村プエブロ・チコ。「山が人をのみこむ」という表現が作中に出てくるように、山に入ったまま帰らない者がいる。殺される場合もあれば、落ちると抜け出せない穴や狼や霧により命を落とし「神隠し」のようにいなくなる場合もある。原因がつきとめられない理不尽な死をはらんで、山が物語の背景にそびえる。
プエブロ・チコは架空の村だが、スペインのどこにあってもおかしくない。一方で、ここで描かれているのはスペイン内戦時の悲劇だが、このような出来事が起こったとき、沈黙の中に過去の悲惨な記憶が封じ込められるというのは、世界中のどこにでも起こりうることであり、日本の読者にも訴えかけるテーマと言えるだろう。
暴力を過剰に際立たせることも、感情過多になることもない、ポルテラの無駄のないきびきびした文章がストーリーを支えている。
エドゥルネ・ポルテラは、1974年生まれ。1997年から2015年まで米国で文学研究に従事したあと、2016年にスペインに戻り、作家として創作活動を始めた。研究者として取り組んできたテーマ、暴力とトラウマと文学、記憶と沈黙等は、これまで発表してきた小説にもつながっているようだ。現代スペインを代表する女性作家として、日本で紹介されるべき書き手の一人だと思う。
■試訳
(p.13からp.15の4行目)
ロラは、石にあたる靴音を聞いて、ミゲルや彼の仲間の足音ではないのがわかる。そうと知れるのは、ミゲル以外、誰も革靴など持ったことがなかったからだ。ミゲルは、ドン・エルネストからもらいうけ、修繕した古靴を持っていた。ミゲルの仲間たちは、ミゲルが作る布靴を履いて、もう三年も山にこもっている。だからロラは、その靴音はよい知らせをもたらさないことがわかる。しだいに近づいてくる「全員家から出ろ、広場に来い」と命じる声もだ。軍人たちは夜、暗い闇夜にやってきて、数年前にしたように家に入り込んで、逃げるひまもない男たちを引きずり出すものとロラは思っていたが、今日は明け方にやってきた。もう村に男はいないのだから、朝だろうが同じことだが。いるのは年寄りと女子どもだけだ。息子のペドロは、まだ眠っている。なかなか起きないので、目を覚ますように、ロラは冷たい水をひたした布巾をあたたかい頬にあてる。息子は目をこすりこすり、彼女はショールの下でふるえあがりながら外に出る。ちっぽけな広場に、軍服姿の男たちが二十人くらいいる。ふんぞりかえってくつろぎ、落ち着きはらっているようだ。村に若い男がいないのはすぐに知れる。手をひくか抱きかかえるかして子どもを連れた村人がぽつぽつとやってくる。勲章をつけた軍人が演説をぶつが、ロラは意味がなかなかつかめない。軍人は、戦争は終わった、和解しようとしない者を見つけなければならないと言う。解放しなければならないからと。広場中央にすえた机の前に、村人たちを一列に並ばせ、村に今いない家族、ことに男性がどこにいるか告げるようにと言う。机に座っているのはテレサの息子のフェデリコだとロラはわかる。夜、兵隊がやってきたとき、家から引き出され、前線に連れていかれた若者の一人だ。ロラは列に並び、話をきいて、フェデリコが分厚いノートに何か書きこむようすを見る。番が回ってくるとロラは、彼が字をうまく書けるようになったことをほめそやし、戦争でいいこともあったと話しかける。彼はこちらの目を見ずにうなずいて、やはり目を見ずにミゲルのことをたずねる。ロラは、何もかもが始まったときに家を出たきり音沙汰がない、恥知らずな男だ、時世の乱れに乗じてほかの女と姿を消したのだろうと告げる。フェデリコはゆっくりと集中して文字を書き、村の女性には、男運の悪い者がいるものだと言う。
村じゅうの女たち、老人たちがフェデリコの前で状況を告げた。彼はそれをノートにていねいに書き留め、勲章をつけた軍人に渡す。軍人はトラックに乗るよう兵士たちに命じ、村から去っていった。その前にフェデリコは、母親のテレサと弟のホセをどうにか抱きしめた。ホセはペドロとしていた遊びを中断して、ほとんど覚えていないその男に抱かれるままになる。ロラは、トラックが広場から出ていくのを待たずに、家に向かって歩き出す。自分の夫や息子や兄弟がミゲルとともに山にいる、あるいはいるはず、と思っている四人の女たちと目を合わせもしない。数か月前から男たちのことは何もわからない。ペドロの手をひっぱって、足を速めさせる。ペドロが泣いているのにも気づかない。


