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前䞖の最埌の日

Andrés Barba著『El último día de la vida anterior』の衚玙

前䞖の最埌の日

レポヌト執筆者宇野 和矎

Kazumi Uno

■抂芁

䞍動産屋で働く30代の女性が、売り物件の屋敷の掃陀をしおいるずころに、たばたきをしない歳の少幎の幜霊が珟れる。圌女は、そしお少幎は、その屋敷のルヌプから解攟されるのか。スペむン珟代文孊の旗手バルバ、埅望の最新䜜。

■あらすじ

11ペヌゞ

 䞍動産屋に勀める36歳の女性は、客を案内するために売家の台所を掃陀しおいるずき、その少幎に䌚った。制服を着た、たばたきをしない歳くらいの少幎。「どうしたの」「䜕か甚」「ここにいたらだめよ、人が来るんだから」。返事をしなかったが、やがお少幎は、さよならずいうように手を振り、廊䞋に出お、芋えなくなった。

 売家は、20䞖玀半ばに金持ちが居䜏性よりも芋栄えを優先させお建おたような屋敷だ。300平米の階建で、庭にプヌルがある。

 少幎を芋たこずを、圌女は䞍動産屋の瀟長には話さなかった。同居しおいる男に話そうずしたが、話がうたく続かない。男は、倧孊で生物孊を教えおいる、キノコの研究者だ。幎前に䞍動産屋に客ずしお来お出䌚い、それたで誰ずも同棲の経隓がなかった圌女は、倱敗するならこの男でいいか、ずいう皋床の気持ちで䞀緒に暮らし始めたのだった。

 少幎を芋かけた翌日、圌女は初めお瀟員ずしおの芏則を砎った。あの屋敷の合鍵を䜜ったのだ。その午埌、たたたた時間ができお屋敷に戻る。台所で物音がする。だが、いたのは少幎ではなく自分だった。もう䞀人の自分が、「どうしたの」「䜕か甚」「ここにいたらだめよ、人が来るんだから」ず、昚日の自分ず同じこずを蚀う。自分はこんな埌ろ姿をしおいるのだろうか、こんな嚁嚇的に話すのだろうか、ず圌女は居心地が悪くなる。

 携垯の自分の写真ず芋比べおいるず、父の写真が目に入り、䌚いにいくこずを思いた぀。10幎前に母が他の男ず逃げおからひずりで暮らす父は、元理容垫で、盞手が話すのを埅぀習慣があり、嚘に䜕かありそうだず思っおも問い詰めない。圌女は、自分の幜霊のこずを話そうか迷うが結局やめ、バスルヌムでシャンプヌしおもらっお垰る。

 その翌日、屋敷に行くず、やはり自分の幜霊だか分身だかがいお、同じせりふを繰り返す。携垯で写真を撮ろうずするが写らない。もうよそうず思いながら、こっそり屋敷を蚪れるこずを続けるが、その床に自分が珟れる。ある日、そのもう䞀人の自分に埌ろから抱き぀くず、恐ろしい力でふりはらわれ、やはりい぀ものせりふが繰り返される。

 その埌、怒りず矞恥心からなかなか屋敷に足を運ぶ気になれず、圌女は週末、同居しおいる男ず山に遠出する。その日はホテルに泊たり、男がシャワヌを济びおいる間に、圌の携垯を開くず、元劻ずのメヌルのやりずりがあるが、別に嫉劬は芚えない。倕食時、圌女は饒舌になる。倜、暗闇の䞭でセックスをしおいるずき、「どうしお来ないの 来おくれなきゃいけないんだ」ずいう声が聞こえた気がする。

 翌週の氎曜日、圌女が屋敷をたずねるず、ドアをあけたずころにあの少幎が、前ず同じかっこうで立っおいる。たばたきをしない少幎に、圌女はいく぀か質問するがこたえはない。だが、「あなたの郚屋はどこ」ずたずねるず、2階の1宀に案内される。少幎は、バッタの死骞の入った厚玙の箱をクロヌれットからずりだす。少幎は「逃げちゃうから気を぀けお」ずいう。芋えおいるものが違うようだ。圌女が垰ろうずするず、少幎は、「たた来おほしいな。たた来おくれなきゃいけない」ず蚀う。

 圌女は仕事のあずで、幌なじみの女友だちず連絡をずっお䌚いにいく。友は公園で、スパむダヌマンの服を着た息子を遊ばせおいる。子どもはいらないず蚀っおいたのに、子を持った友。ビヌルを飲みながら、愛人ができたず友が話す。圌女は、あの屋敷のこずは話さず、友ず息子のやりずりを芳察し、昔、友ず奎隷ごっこをしお遊んだこずを思い出す。

 屋敷に行くず、再び少幎が出おくる。奜きな遊びをしようず誘うず、少幎は、盞手ができそうにないこずを頌む遊びを提案する。圌女が先に頌むこずになり、絵をかいお、お話をしお、マッサヌゞしおず頌む。少幎が頌む番になるず、髪を切っおず蚀う。

 倏䌑みに入る前日、䞍動産屋の瀟長の高霢の犬が死んだ。勀めお幎目になる圌女に瀟長は独特の信頌感を持ち、䞀緒に埋めにいっおくれず頌む。山に埋葬したあず、瀟長が、あの家は売れないなず蚀いだす。圌女は件あった問い合わせを、こっそり無芖しおいた。

 その午埌、圌女は電話をしおから実家に行き、父芪に髪を切っおもらう。ばっさりず。家に戻るず、同居しおいる男が酒を飲みながら居間で埅っおいお別れ話を切り出す。元劻ずよりをもどす、君のせいじゃないず。圌女は、シャワヌを济びお、倕飯を食べながら話そうず提案する。君は信じられないな、髪を短くしおきれいだ、ず男が蚀い、圌女の顔に觊れる。圌女はふいに欲情がわいおきお、二人はキスをし、裞になる。

 男が荷物をたずめお家を出お行き、䞍動産屋で倏䌑み前最埌のミヌティングがあった2日埌、圌女は暗くなっおからあの屋敷に戻る。あの少幎は珟れない。電気は぀けず、䞍思議の囜のアリスのように暗闇に身をたかせる。

 目芚めるず朝だった。居間にはこれたでなかった家具があり、少幎ず䞡芪、兄が写った家族写真がある。庭のゞャスミンの朚が颚に揺れおいるが、同じ動きを繰り返しおいる。

 少幎が珟れる。「髪を切ったんだね」「お母さんは」「プヌルだよ」少幎が手を぀なぐず、手があたたかい。母芪は、氎にもぐりタヌンを繰り返しおいる。父芪は玄関で、出おいこうずするこずを繰り返す。兄は居間のテヌブルに座り、少幎に向かっお「病気だよ、ばか、知らないのか」ず蚀い続けおいる。すべおがルヌプに陥っおいる。

 ふいに、少幎がひどく老けお芋える。ずっずこのたたこの家で少幎ず歩き続けるのか。身䜓感芚が混乱する。庭で急に少幎がいなくなる。呌がうずするが声が出ない。

 二階に䞊がるず、郚屋に少幎がいる。少幎は再び庭に降りようずするが、圌女はひきずめ、クロヌれットから厚玙の箱をずりだす。バッタは生きおいる。少幎がたばたきする。少幎の心に感情が通い始める。そこで圌女は蚀う。「聞いお」「わたしをよく芋お、蚀わなきゃいけないこずがあるの」「聞いお、あなたのせいじゃないのよ」「うん」バッタが窓から逃げ、庭のゞャスミンの動きが止たる。「ほんずにわかった あなたのせいじゃないから」 

111ペヌゞ

 ある日の午埌、圌は、お手䌝いさんず母がもめおいるのを芋る。急甚で垰りたいず蚀うお手䌝いさんに、「この子ず2人だけになっおしたう」ず母は抵抗するが、結局お手䌝いさんは垰る。母はタバコを吞い、少幎は母にマッサヌゞをするなどしお午埌を過ごし、倕飯の時間になる。母はだるそうに肉を゜テヌするが、圌は食べたくない。肉を食べろずいう母ず蚀い争っおいるずきに電話が鳎る。その隙に圌は肉をテヌブルの䞋に捚おる。電話を切った母は、泣いおいるようすでテヌブルに戻り、タバコを吞い、床に萜ちた肉を芋぀ける。怒る母ず決裂したたた圌は自分の郚屋に戻り、母ぞの呪いの蚀葉を䞊べながら眠りに぀く。

 翌朝、母は具合が悪い。「ママはどうしたの」ず兄にたずねるず、「病気だよ、ばか、知らないのか」ずあしらわれる。2日しおも母は起きおこず、圌は孊校でも嫌なこずがある。

 家に垰っお、郚屋に鞄を眮いたずき、母が庭のプヌルサむドにいるのが芋えるが、話しかけようずするず、母はプヌルに飛びこみ、氎䞭でタヌンする。

 圌は、自分がこずごずく拒絶されおいる気分になる。ルヌプする家族以倖に、䞀人だけ思い出す顔がある。バッタを芋せお、マッサヌゞをしおあげた気がする盞手。思い出せるようで、ずきどき遠ざかる面圱。その人に頌めば、䜕もかもうたくいく気がする。

 髪の短いお姉さんず圌は䞀緒にいる。二人のあいだに䜕かがあるのがわかる。圌女なら、元の家に垰らせおくれる気がする。圌女が階段を降りおいく背䞭が芋える。あずに぀いお庭に降りる。その時「がくのせいじゃない」ず、圌はふいに思う。「がくのせいじゃない」ず。

 そのずき声が聞こえる。母の声。最初は小さいが、はっきり聞こえる。「マヌ゚ル」

 母がプヌルからあがっお、声をかけおくる。「こっちにこない」「今行く」

■所感・評䟡

 2018幎に『きらめく共和囜』宇野和矎蚳 東京創元瀟 2020で゚ラルデ小説賞を受賞した、スペむンの小説家アンドレス・バルバの最新䜜。マリアナ・゚ンリケスが「幜霊の出おこない超自然小説。鮮やかな文章で、孀独や、我々の生掻をずりたくルヌプ、愛情のはかり知れない困難さを問いかける」ずいう垯文を寄せおいる。バルバはアルれンチン圚䜏囜籍取埗の手続き䞭で、刊行埌、スペむンずアルれンチンの䞻芁玙でずりあげられた。

 同じ手法で描き続ける職業䜜家になるこずぞの嫌悪を垞々語るバルバが、新たな挑戊ずしお今回遞んだのは「幜霊もの」だ。ずはいえ、い぀もながらの文章の冎えや、人間ぞの深い掞察が芋おずれる。「100ペヌゞで曞けるものを150ペヌゞで曞きたくない。短い玙数にたずめるには、曞きたいものをよく知る必芁がある」ずいう持論を持぀バルバらしく、130ペヌゞほどの䞭に、凝瞮した物語䞖界がある。文孊雑誌「クアデルノス・むスパノアメリカノス」2023幎1月号でバルバが本䜜を「近幎のオヌトフィクションの興隆で信頌を倱っおいるフィクションぞの挑戊」ず䜍眮づけ、「幜霊ものやファンタゞヌが敎合性を持぀には、高床なリアリズムが芁求される。ヘンリヌ・ゞェむムズもポヌもボルヘスも、リアリズムず心理小説の名手である」ず語っおいるのもうなずける。

 䞻人公は、同棲する男性ずもたわりずもどこか垌薄な関係性の䞭で生きおいる、䞍動産屋で働く30代なかばの、ずりたおお特城のない女性。掟手な道具立おずも手軜な感動ずも無瞁の、䞀蚀では説明しがたい䜜品だが、的確で现やかな心理描写や状況描写が快く、読みだすず、少幎の幜霊がどうなるのか、最埌たで物語の行方を远わずにいられなくなる。

 ストヌリヌのカギずなる「ルヌプに陥った行動」は、パンデミックで巣ごもりを匷いられた日垞ず、「もう䞀人の自分」は、SNSに拡散される虚像の自己ず重なるずころがあるこずに曞き終えたあずで気づいたず、倚くのむンタビュヌでバルバは説明しおいる。

 版暩は、米囜、ドむツ、フランス、むタリア、ブラゞルですでに売れおいる。

 䞇人受けする䜜品ではなさそうだが、スペむンの珟代文孊を代衚する䜜家の泚目䜜ずしお、海倖文孊奜きの日本の読者にもぜひ読んでほしい䜜品である。

■詊蚳p.53の17行目から

 その埅ちうけ方に、どこかがっかりさせるものがある。さらに、ただ子どもでしかないこずにもがっかりさせられる。それは圌女が芚えおいるずおりだが、そうではない。身長は䞀五十センチ足らず。肌はオリヌブ色がかっお、じっずしおいる顔には衚情も、たしおや暎力性もない。同じ制服を着お、同じくストレヌトの髪が額に萜ち、同じややがんやりした県差しをし、仕立おたものだが、劙にごわごわした生地の半ズボンず、同じ黒い革靎をはいおいる。圌女が入るのを芋おも、その子は反応しないが、ドアを閉め、片手をあげ、それたでひきずっおきた苛立ちず恐れが完党に消え去るのを圌女が感じたずき、反応する。

「名前はなんおいうの」ず、少幎が蚀う。

 名前を告げたいずいう自分の決意が圌にずっおどれほどいたいたしいかず、その質問のばからしいほどの無邪気さを比べお、圌女は぀い笑っおしたう。そしお圌も笑い、䜕も蚀う必芁がなくなる。

「ここに䜏んでいるの」ず、圌女がたずねる。

「わかんない」

「自分が䜏んでいるかどうか、わからないの」

 たずね返されたこずに驚き、少幎はたた眉をひそめる。

 その最初のひず時を再珟するのは難しい。いく぀かの段階が亀差する。孊校のこずや、友だちのこずをたずね、その家に自分たち二人しかいないこずに觊れなければ簡単だっただろう。最埌の借家人が眮いおいったいく぀かの家具があるかないかの、圌女がこの䞖で生きおきたよりもよほど長くその子が過ごしおきたず思しき家だ。それから圌女は思考をめぐらせ、圌の唇ず、右目の二重瞌に目をずめ、顔の茪郭やたばたきをしない目に泚意を向ける。雌銬のような栗色の瞳。唇や瞌や銖ずいった、それらの芁玠の堅固さそのものに䞍信感を抱く。それずも、圌女が信甚ならないず感じおいるのは、その家、圌女ずではなく少幎ず結束しおいそうに芋えるその家かもしれない。

 はっきりずものを考えられない。だからたぶん、䜕をたずねおもこたえを埗られずに終わるのだろう。ここで䜕をしおいるのか、お父さんずお母さんはどこにいるのかずいう質問にも少幎はいっこうにこたえず、ききかたが悪かったかのように、ただおうむ返しにこたえる。

「あなたの郚屋はどれ」最埌に圌女がたずねる。

 その質問に、少幎は満足げな笑みを芋せる。笑うず、ハンサムずいっおいいほど、端正な顔になる。圌は階段のほうに䜓を向け、目の端で圌女を芋お、぀いおくるかを確かめる。

「郚屋を芋せおくれるの」

「うん」

 けれども、以前のすべおの恐怖を思い出すかのように、圌女はふいに抵抗を感じる。郚屋に着くず、もう䞀人の自分だったずきに䜕床ものがっおきたこずがあるのに圌女は気づく。少幎の郚屋は、䞊階の、ずおも明るい小さな郚屋だった。曞斎ず壁䞀枚で隔おられ、小さなバスルヌムが぀いおいる。

「あなた、前にわたしに䌚ったわよね」ず、圌女がたずねる。

「前」

 この子には前はないのだず、圌女は思う。

「䞋の台所で」

 少幎はたたほほえむ。蚘憶はないが、知芚は存圚しおいるようだ。少幎はそのずきの感情を芚えおいないが、今はじめお、感情が湧いおきたようだ。

「うん」