文学や映画はこれまで数多くの架空の登場人物を生み出してきた。中でも「魔性の女」タイプの人物は、トロヤ戦争の原因を作ったとされる移り気なヘレネや全人類に罰をもたらした軽率なイブなど、古くはギリシャ神話や聖書にも登場するほど長い歴史があるが、この200年で特に登場頻度が高く変遷も激しい。魔性の女というステレオタイプは、ある女性たちの不吉な性格を証明するというより、男性の願望を際立って不吉な形で表しているとしたら?――文学の世界からはカルメンやロリータ、映画の世界からは『めまい』のマデリンや『欲望のあいまいな対象』のコンチータといった女性たちを分析しながら、恐ろしい「魔性の女」の神話を、著者は新たな視点から検証する。そして、これらの架空の女たちの裏にある男たちの痕跡を、まるで陰謀の筋立てを追うように読ませてくれる。