■概要(目次)
前書き
04 神話
06 火星と地球:兄弟星
08 フォボスとダイモス(訳注:火星のふたつの衛星の名前)
10 太陽風
12 宇宙放射線
14 大気
16 気候
18 水
20 到達困難な目的地
22 惑星の軌道
24 軌道のメカニズム
26 宇宙船の内部と打ち上げ
28 重力とのバランス
30 未来の旅
32 ベース建設
36 火星の都市
38 住居
40 住民1人にかかるコスト
42 コミュニティでの暮らし
44 エネルギー
46 公園と緑地
48 火星の食事
50 交通
52 社会
54 テラフォーミング(地球化計画)
作者紹介
■あらすじ・内容
火星は、昔からSF小説や映画の題材にしばしば用いられ、人類が生命体の存在に想像をふくらませてきた、地球にとっての兄弟星である。本書は主に、人間が地球から火星にどのような方法で移動し、いかなる生活を送ることが可能なのかを、科学的な観点から考察している。内容は前半と後半で大きくふたつに分けることができる。前半は太陽系における火星の環境や火星到着のために応用される物理法則を中心に解説されている。後半は、実際に火星の都市で暮らすために必要な食料や空気の確保について、また交通機関や公園をはじめとする生活インフラの仕組みに関する記述が展開される。
■所感・評価
宇宙工学や環境工学に関連する難解なテーマを平易な文章で解説し、内容をイメージしやすいイラストを付した本書は、マンガに慣れ親しんだ日本に暮らす子供にとって、自然科学に親しむための格好の材料となるだろう。さらに、宇宙船の構造や磁場の働きなど、大人の知的好奇心を満たしてくれるような内容が満載で、天体物理学に関心がある人であれば誰でも興味深く読み進めることができると思われる。本書サイトによると、10歳以上の読者を対象としているが、小学生にはおそらくやや難解な内容なので、大人が一緒に読んで説明を加えてあげたり、話題を広げたりするような楽しみ方もあるかもしれない。
日本では似たようなテーマの児童書として、絵本『もしも宇宙でくらしたら』(2013年 WAVE出版https://www.ehonnavi.net/ehon00.asp?no=106849)などが刊行されているが、同書については「火星の都市」より対象年齢が低く、類書と判断されるような作品ではなかった。一方、外国で出版され日本でも購入できる大型の絵本の中にも本書のようなアーティスティックな図柄のものが存在するが、宇宙での暮らしをテーマにした書籍は見当たらなかった。「火星の都市」には、日本の児童向け科学本でよく見かけるような案内役のキャラクターがいるわけでもなく、火星人も登場しなければSF的なストーリー展開もない。本書は、淡々と物理的法則の説明が続き、データが紹介されるという構成で、きわめてまじめな内容で統一されているが、スタイリッシュなイラストの美しさにひかれてついページをめくってしまいたくなる魅力がある。独特な空気感を漂わせたその画風は、本書の大きな特徴であり、書店の子供向け科学書コーナーに陳列されれば、大人の目も引くものと思われる。
本書の読後に特に強く印象に残ったのは、火星で生活するにあたって取り組まなければならない課題の多くが、われわれが今日、地球上で抱えているさまざまな案件と同質であり、その理解や応用が必須あるいは有効であるという点だ。例えば、現在推進されている、安定した食料確保を目的としたスマート農業や代替食品(人工肉、藻類、昆虫など)の普及、さらには、砂漠の緑化や気候変動対策(ただし、火星においては逆に温暖化の実現)などは、いずれも今後ますます必要度や緊急度が高まっていくことが予想されるテーマであり、そういう意味からも、未来の世界を築いていく子供たちにぜひ読んでもらいたい本である。
■試訳
前書き(一部抜粋)
人類は好奇心旺盛な生き物だ。知や新たな資源を求めて、山々を登り、極地を踏破し、広大な海も渡った。このようなとどまるところを知らない探究心は、私たちを宇宙にまで導いてきた。そのようにして、人類はロケットを作り、地球の軌道まで到達させ、月にも足跡を残した。
その先に待っているのは、最後のフロンティア、火星だ。
赤い惑星、そこは私たちが目指すべき場所だ。人類が地球以外の星に住むことを考える際に最初の候補地となる惑星である。移住のためのプロセスは、クレーターの間に作られる小さな基地からスタートし、自給自足可能な巨大都市の建設まで長いプロセスになるだろう。
P.16 気候
火星は地球と比べると厳しい気候条件を持つ星だ。寒冷でいつも乾燥していて、昼と夜とでは気温がまったく違う。それに、星全体を覆ってしまうほどの巨大な砂嵐も発生する。
◎極端な気温差
火星の昼夜における寒暖の差はとても激しい。赤道直下だと、夏の日中の最高気温は35℃、一方で夜は最低気温マイナス80℃にもなる。つまり、1日の間の気温差が100℃に達するのだ!
火星の1年を通しての平均気温はマイナス63℃だが、地表の温度は、南北の両極における冬の最低気温、約マイナス143℃から、赤道直下の夏の最高気温35℃まで変化する。このような温度差が生じるのは、希薄な火星の大気ではあまり熱を保っていられない、というのが一番の理由だ。
P.36 火星の都市
地下に都市を作ることで、私たちが火星で直面する環境に関連したリスクを減らすことが可能となる。火星都市建設のコンセプトは、地形をうまく利用した垂直都市の実現だ。必要なものが最適な状態で集められ、住民がすべてのエリアとの間を行き来しやすいように工夫がなされる。自然の崖と一体化した形で築かれるこの都市の内部はトンネルでつながれ、居住空間に自然の光を採り入れ、外の景色を見ることも可能でありながら、雨風はほぼ完全に遮断される。
しかし、都市というものは住居だけで成り立つものではない。生活、文化、経済が無理なく成長し、発展できるような快適さ、コネクティビティ、十分なスペースを住民に提供することも必要だ。火星の都市は、何本かの巨大なトンネルを中心に構成される。そこから分岐した先に、各種の機能を有する施設(訳注:学校や病院など)が配置された円柱状のスペースが設けられ、それらが集まって地区を形成する。
P. 54 テラフォーミング(地球化計画)
テラフォーミングというのは、ある星の環境と気候を改良することを目的とした「惑星工学的」なプロセスのことだ。途方もないアイデアのように感じるかもしれないが、人類はすでに気候については地球規模で変動させていることを思い出してほしい。
では、どうやって火星を「地球化」するのだろう? 最初にやらなければいけないのは、大気を暖めることだ。考えられる方法のひとつは、火星に存在している二酸化炭素の他、水蒸気あるいはパーフルオロカーボンなど、より強力な温室効果ガスを使用することだ。
大気を十分に暖めることができれば、火星の地下で凍っている氷が溶けて流れ出し、最終的には、地球と同じような水の循環が起こるだろう。水が蒸発し、大気の圧力が高くなり、地表に雨となって降りそそぐ。これにより極地で凍結していた二酸化炭素が昇華するため、大気圧はさらに上昇する。そうして大気の密度が濃くなれば、火星の気温はますます上がっていく。
火星の地球化は今のところSFの世界の話だ。だが、私たちの文明が今より向上し発展すれば、太陽系にもうひとつの青い惑星――生命が存在し、自由に活動できる星――が生まれる日が来るのも夢ではないかもしれない。