トルファ
レポート執筆者:髙木 菜々
Nana Takagi
■概要
登場人物 ホセ・ルイス(中年男性)、その妻、トルファ(黒のラブラドール雌犬)、
成人したホセ・ルイスの娘
■あらすじ・内容
バルセロナに住む、ある会社の専務取締役ホセ・ルイス、妻、娘、飼い犬トルファの物語
2019年11月
スマホに娘からの、『彼女』の容体が悪いから会いに来るようにというメッセージを受けるホセ・ルイス。娘に、「彼女の弱った姿を見たくない」と電話で話すが、ついに会いに行くことを決める。
電話を切った後、ホセ・ルイスはしばし追憶にふける。
2003年9月
週末を過ごした友人の別荘から車で帰る道中、他愛のない夫婦の会話を交わすホセ・ルイスと妻。妻の足元には黒いラブラドールの子犬。友人家族から譲り受けたようだ。南米によく出張に出るホセ・ルイスに、「別の家族」の存在を茶化す妻。洗面用具に家族のフィギュアを忍び込ませ、自分たちを忘れないようにさせるなどと言う。
自宅にて。庭のホースを噛みちぎり、植木を倒し、掘り起こした子犬。子犬の元気さにあきれる妻だが、ホセ・ルイスはトルファ(トリュフの意味)と名を付け、すっかり子犬に魅了されている様子だ。
2003年10月
酒瓶やシェーカー、空のグラス、タバコが散らかり、前夜はホームパーティを催した様子だ。庭に転がるテニスボールの傍らに打ち捨てられねじ曲がった眼鏡。テニスボールを見つけ、近所の犬たちと遊ぶトルファ。ホセ・ルイスが料理したパエリアを皆で食べようとする所に、眼鏡を落としたパーティ参加者から連絡を受ける娘。席を立つホセ・ルイス。戻ってきたその手にはトルファがおもちゃにして壊れてしまったと思われる眼鏡。
2004年10月
外食を提案するホセ・ルイスに妻はそっけない態度。ソファから立ち上がり、こっそりトルファに生ハムを与えるホセ・ルイス。
2005年12月
出張に行くホセ・ルイス。「別の家族」の冗談を言う妻。出かける直前にトルファばかりに構い、妻には見向きもしないホセ・ルイス。
2006年1月
ブエノスアイレスの出張から戻ったホセ・ルイス。タクシーで誰かに「またすぐ会える」と電話をする。自宅でホセ・ルイスを喜んで出迎えるトルファ。トルファには優しい声を掛けるが、起きて食事を支度していた妻にはお土産のアクセサリーを渡すだけで、妻の様子は聞かない。妻は礼を言うが、ジュエリーケースにはすでに沢山のアクセサリーを持っている。離れて眠る夫婦。
休日の昼食に両親を訪ねる、結婚して家を離れた娘。ホセ・ルイスは以前に仕事の問題を娘に話したようだが、今では聞かれると話をはぐらかす。妻は、娘や犬には心を開くのに自分には話さないと不満な様子だ。テーブルの上にはマリアの名とその電話番号の書かれたメモ帳が無造作に開かれている。妻は娘に父親が呑気な性格と語る。
そして、ある日、ホセ・ルイスは会社を去ることになる。解雇の憂き目に遭い、家で呆然と過ごすホセ・ルイス。トルファはいつものように甘え、妻は優しく接してくれる。
2008年4月
山積みの引っ越しの箱の傍らで、電話で話すホセ・ルイス。新たに仕事も見つけたようだ。トルファは構ってもらえない。妻はトルファに言う。人生で大切なのは誠実ではなく、忠実であることだ、と。
新しいマンションで親戚や家族を呼んだ食事会で機嫌の良いホセ・ルイスだが、妻は調子が悪そうだ。…客が帰った後に、妻は癌に侵されやつれてしまった自分の顔を気にしている。
2008年12月
妻の病状は良くない。ホセ・ルイスは妻の食事の支度をしながら、トルファに妻の治療がうまく行っていると語り掛ける。
2009年11月
化学療法で髪の毛が抜けてしまった妻。
2015年5月
かなり瘦せてしまった妻。妻が死を悟り全てを受け入れていると電話で娘に話すホセ・ルイス。
2018年2月
救急に行こうと妻を促すホセ・ルイス。家と病院を往復する合間に、トルファに餌をやり、妻は良くなると自分とトルファに言い聞かせる。
2018年3月
妻が亡くなった。葬式の準備で慌ただしいホセ・ルイス。トルファは帰ることのない妻を待つ。
2018年4月23日
トルファを連れ出かけるホセ・ルイス。バルセロナの夜景を一望できる場所にたたずむ。
2018年6月
旅行の準備をするホセ・ルイス。郊外の娘の家に数週間トルファを預けるのだ。
やがて、ホセ・ルイスはあちこちに旅行に行っては、娘のうちに預けたトルファに会いに行くようになる。
老いたトルファは娘の家で手厚く見守られている。ホセ・ルイスはトルファが年老いて元気がなくなるのが耐えられないと娘に語る。
…そして、ある日娘から連絡が入る。トルファが最期の時にホセ・ルイスを必要としているのだ。元気だった時のトルファだけを記憶に留めたいとホセ・ルイスは言うが、娘に懇願され、トルファの元に駆けつける。息絶える瞬間のトルファを娘と共に痛みをもって見送る。そして「ありがとう」とほほ笑んでつぶやく。
■所感・評価
フリーハンドのタッチでコマ割りのないイラストと登場人物の会話文で物語が展開していく。ほぼモノクロ(犬の首輪だけがピンク色)の作画だが、犬の視点の時は鮮やかな赤、青、黄の彩色で表され、言葉を持たない動物の捉える世界観を体験できる。映像出身の作者だけあり、登場人物の心情に即して遠近や角度を変えた構図、ぼかし、モノクロ表現及び効果的な色彩の使い方は、短編アニメーションを見たような読後感だ。人物や背景に比べると、犬が写実的に描かれている分、その無垢な瞳に自分が見つめられているような気分になり、犬好き、犬を飼ったことのある人には涙なしに本を閉じることはできないだろう。
主人公の男性は楽観的な性格だが、現実に直面するのが苦手な人物で、妻の本当に欲しているものを知ろうとしない。妻の方は、そっけない態度を取りつつも、夫を理解しようとしたり、夫の鈍感さや犬ばかり構っている態度に少しがっかりしたりする。物語の中盤以降、主人公は、癌に侵された妻をサポートし、二人でじっくり話し合ったと娘に伝える。だが、やがて迎えた妻の死に悲嘆するような場面はなく、老いてきた愛犬を娘に託し、独り身になった寂しさを埋めるように旅行に行くようになる。愛犬の老いや死に向き合うことに耐えられない主人公が、最後は娘に説得され、愛犬の臨終を見守る。物言わぬ生き物との別れの痛みと向き合うことにより、その死を受け入れられ、彼の中に愛犬の思い出が生き続けることを悟る。
子犬から成犬、そして老犬となる飼い犬、家族とのエピソードが時系列で描かれ、最後に愛犬の死を目の当たりにし、やっと人生の機微を理解した主人公の物語である。
中年の主人公とその家族関係や飼い犬の存在という身につまされるテーマを、独特の筆致と表現方法で表している本作品だが、日本のバンドデシネやアメコミ市場で求められているものが、日本のクリエーターには生み出せない起伏に富んだストーリー、ドラマチックな作画といった読み応えだとすれば、この作品の淡々とした絵柄と語り口はライト過ぎる感が否めない。また日本での動物を取り上げた漫画ジャンルは、今や、獣医もの、ペーソス溢れる野良猫もの、作者の実体験に基づく愛犬愛猫愛鳥もの、時代もの、と多岐に渡り、最近では動物専門の葬儀社を舞台にしたシリーズ作品やペットとのお別れを描いた作品もある。そういったシリーズ作品においては、様々な人間ドラマやペットとの関わりのエピソードが幾つも読めるとなると、一つのエピソードを1冊に仕上げた本作品は日本漫画の同ジャンルにおいては読み応えの点では物足りなさを感じる。
■試訳
(119ページ)
トルファはお父さんに会うたびにすごく嬉しそうよ
トルファが年取って行くのを見るのがつらいんだよ
わかっているわ、もともと悲劇的な話は嫌いだものね
だから、トルファを家に連れて帰らないのよね 実際、今のお父さんの生活リズムにはトルファは付いて行けないわ
お前は本当にいい犬だ
お前をかまってやれなくて、ごめんな でもここだとしっかり世話してもらえるだろう…
お前は長く続いたガールフレンドだ なのに最近はちゃんと相手をしてやってない
(120ページ)
お父さん、来て トルファはもう長くないわ 見守ってあげて
そんな状態のトルファを見たくないんだよ
分かるだろう、私の性格を
悪戯っ子で元気だったころのトルファだけを思い出したいんだ
私たちはお父さんに居てほしいの 獣医さんも来たわ
待っているから
(121ページ)
獣医さんも来たわ お父さんも来て 来てほしいの
(123ページ)
トルファ、来たよ
(124ページ)
ここにいるよ ここにいるから
(126ページ)
トルファ、今は安らかにな 天国に行ったら、若かった時のように走るんだ
(127ページ)
人生では、また笑えるようになるため、時々泣かなくちゃいけないって、思いもしなかったよ
(129ページ)
ありがとう


