Marina Tena著『Dulce』の表紙
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甘い

レポート執筆者:長神 未央子

Mioko Nagakami

■概要    

7歳の時に糖尿病と診断されたマリナは、インスリン注射の打ち方や日常生活で気を付けるべきことを学んでいく。しかし糖尿病患者は健康な人と比べて決断しなければならないことが一日に180個も多い。日々の負担は大きく、思春期には心のバランスを崩してしまうマリナだったが、同じ病気の仲間を得て次第に自分の病気と向き合えるようになる。若い糖尿病患者への温かいエールに満ちたマリナ・テナの自伝的作品。

■あらすじ・内容 

2002年、7歳の私は急に水をたくさん飲むようになり、それまで食欲旺盛な子供だったのに食事をほとんど取らなくなってしまった。心配した両親は病院へ連れて行き、そこで糖尿病と診断された。糖尿病とは体内でインスリンがうまく働かなくなる病気である。足りないインスリンを補うためデイホスピタルでインスリン注射の打ち方を習い、食事など具体的な生活上の指導を受けた。その時の私はまだ糖尿病のことをそれほど大したことだとは思っていなかった。

8歳のある日私はインスリンを5単位打つべきところを誤って20単位打ってしまった。母は私の血糖値を上げるため家にあるジュースを全部飲ませ、急いで病院へ連れて行った。糖尿病では少しの間違いも命取りなのだ。

成長するにつれ、見た目で病気だとわからないことが次第に負担になっていった。糖尿病の人は健康な人と比べて決断しなければならないことが一日に180個も多い。他の人には簡単なことが自分には難しく、またそれを周囲に理解してもらえないことからだんだん自信を失っていった。血糖値の管理が不十分で医師から叱責され、診察のたびに罪悪感と羞恥心に苛まれた。またデイホスピタルのスタッフから患者を軽んじるような発言や心無い冗談を浴びせられることもあった。当時の私はすべての人には安心して医療を受ける権利があることを知らず、私の心はストレスで蝕まれていった。

思春期の私が抱えたもう一つの大きな問題として、食事があった。糖尿病になってからというもの、私にとって食事は楽しみではなく、炭水化物の量やカロリーといった単なる数字でしかなかった。思春期になると、周りの女の子たちと同じように体形が気になるようになった。注射の跡がたくさんある腕やお腹が嫌でたまらず、体重が増えると自分の体がますます嫌いになった。インスリン注射を打たないとやせることも、病気の治療とやせたい気持ちの板挟みに拍車をかけた。

やがて私はアルコールに逃げるようになった。お酒を飲んでいるときはプレッシャーから解放された。しかし糖尿病患者がアルコールを摂取することには大きな問題がある。それは異常な行動をした時に酔っているのか低血糖による異常行動なのかがわからないからだ。

体も心もぼろぼろになった私は両親に助けを求めた。両親は私をセラピーに連れて行った。セラピーで、糖尿病は自分の人生のほんの一部であり、自分で決められることが他にたくさんあること、付き合う友人は自分で選べることを学んだ。同じ病気の仲間に出会い、みんなが自分と同じ悩みを持つことを知った。検査は良い点を取る試験ではなく、結果が良くても悪くても罪悪感を持たなくていいこと、完璧な人はいないこと、自分は一人ではないことを仲間たちは教えてくれた。私は少しずつ自信を取り戻し、不安からアルコールに走ることもなくなった。病院でも、心配なことや不快なことがあると医療関係者に質問したり自己主張できるようになった。

私はもう独りぼっちではない。最悪なことが起こったとしても、その中で小さな楽しみを見つけることが人生に立ち向かう上で大切である。

■所感・評価  

本書は7歳の時に糖尿病と診断された女性の、発症から大人になるまでを描いた自伝的コミックである。作者マリナ・テナが罹患している1型糖尿病は、糖尿病の中でも子供や若者の発症が多く、インスリンそのものの産生が少ないため食事での血糖値の管理以外にも日常的に注射でインスリンを補うことが必要である。

本書では大人のマリナが案内役となり、自身の子供時代や思春期を経て大人になるまでを振り返る。シンプルな線と明るく柔らかいが特徴のある色使いで登場人物の心情が生き生きと描かれている。主人公マリナの髪色が子供時代の緑色から思春期にはオレンジに、大人になると赤に変化していく様子は、年齢が上がっていくに従い成熟していく内面を視覚的に表現している。また、血糖値の管理がうまくいかない自分を陸に上がった魚に例えるといった動物に例える表現が各所に見られ、読者がマリナの心の中をイメージする手助けになっている。医療関係者への不満や自身の精神的不調といったネガティブな面も率直に表現されており、リアルな闘病生活の様子は同じ病気の患者の共感を集めるだろう。完璧な人はいないこと、同じ病気の仲間を持つことの大切さや日々の暮らしの中で小さな楽しみを見つけていくことが大事だという本書のメッセージは、1型糖尿病患者のみならず他の慢性疾患の患者にとっても大いに勇気づけられるものである。

日本での糖尿病患者は550万人であるが、そのうち1型糖尿病患者は12万人である。日本での1型糖尿病をテーマとした当事者向けの作品として、絵本『はなちゃんとチクリとびょうきのおはなし』(しみずふうがい作 日本IDDMネットワーク 2013)やコミックス『【1型】~この赤ちゃん1型糖尿病です~』(山田圭子作 秋田書店 2015)が出版されている。前者は未就学児向けの内容であり後者は小学生が主人公であることから、思春期以降の世代を対象とした本書の邦訳が出版されることには大きな意義がある。また、主人公のマリナがドラえもんのアニメを見ていたりスーパーマリオのゲームをしているなど、日本の読者にも親しみやすい作品となっている。

翻訳するにあたり、本書では1型糖尿病と2型糖尿病は区別されずすべて「糖尿病」と表記されているが、内容は1型糖尿病についてであることに留意する必要がある。

■試訳

(84~90ページ)

みんなにとって簡単なことが私にはどうしてこんなに大変なの?
私はみんなみたいに強くない。
なのに「あの子、大げさ」と思われる。
みんなには簡単なことが私にはとても難しいということにその時はまだ気づいていなかった。
糖尿病の人はそうでない人と比べて決断しなければならないことが一日に180個も多い。
それが普通。当たり前。
もし私が散歩に行きたいと思ったら?
散歩に行くのに考えないといけないことがたくさんある。
(血糖値は大丈夫かな? 調べてはっきりさせた方がいいよね!)
(注射したときはこんなに暑いなんて知らなかったよ…)
(血糖値はいくつ?)
(しっかり食べた?)
(バッグにインスリンは入ってる?)
(血糖値はちゃんと上がってる?)
(何単位注射したらいいかな?)
(血糖値が下がりすぎるまであとどれくらいあるだろう?)
「ねえ、聞いてる?」
「あ、ごめん、ちょっと考え事。それより今何て言ったの?」
私はみんなと同じように散歩を楽しめない。私の散歩はいつもこんな感じ。だからこんな簡単なことなのに、体も心もすぐに疲れてしまう。
私たちの病気は(他にもそういう病気があるけれど)ぱっと見ただけでは病気とはわからない、人の目を欺く病気だ。
どう
…実際には「病気には見えないのだから大したことないだろう」と言っているということだ。
でも本当は私も含めて糖尿病患者は(私は数字を見ると頭が痛くなるが)、決断することが一日に180個も多い…
…それが週に7日、年に12か月、一生続く。すごく大変。