Interview
間室道子 氏(蔦屋書店 シニア・コンシェルジュ)
青山ブックセンターに20年以上勤務された後、現在、2011年12月にオープンした代官山蔦屋書店でシニア・コンシェルジュとして働いてらっしゃる間室道子さんにお話を伺いました。
Q:代官山蔦屋書店の一番の特徴は?
間室:代官山 蔦屋書店はただ単に本を並べて売る空間ではなく、私たちは「おもてなしの空間」と考えています。「森の中の図書館」というコンセプトなのですが、オープン前にスタッフみんなで合宿をして、「森の中の図書館ってなに?」「コンシェルジュってなに?」「代官山ってなに?」と徹底的に話し合いました。当店は書店エリア、映像エリア、音楽エリア、そしてカフェスペースからなります。売り場には合計30名以上のコンシェルジュがいて、それぞれが担当の棚を持っています。私は文芸、文庫、新書という、いわゆる「読みもの」のコーナーのコンシェルジュです。本の選定、仕入れから棚作り、販売、イベント開催まですべてがそれぞれのコンシェルジュに任されているのですが、店長からは、「この店には理由なくある本はありません。理由がなく無い本もありません。そういう書店を作ってください」と言われました。他の書店仲間がここの文芸の棚を見たら「あ、ここは間室の息がかかった棚だな」っておそらくわかると思うんですよ。もし他の人が文芸の棚を担当することになったら、これとは全く違った棚になるはずです。
Q: ネット書店の存在感が大きくなっていますが、それに対抗する戦略や、逆にネット書店から学ぶことはありますか?
間室:世の中には、「本好き」と「本屋好き」という2つがあるといわれていますが、「本好き」の人にはネット書店が便利でしょう。朝注文したら、都内なら翌日の夕方には、10冊でも20冊でも家に届くという、昔だったら奇跡か魔法(笑)。「わざわざ本屋に行って重い本を持って帰るのは嫌です」と言われてしまうと、私たちとしてはぐうの音も出ません。ただその一方で「本屋好き」といわれる人たちがいます。彼らは週に一回は本屋に顔を出し、何を買うでもなく、店内を回遊して本の並べ方などを見て回る。私たちはそういう人たちにとってどう魅力的な空間を作っていくかを考えています。「理由がなくある本はない、理由がなく無い本はない」というコンセプトがしっかりした棚をつくり、私たちコンシェルジュが本選びのお手伝いをする。また、作家を招いたイベントをし、テーマを決めてフェアをやる。レジの横にはいわゆる「マムロコーナー」とよばれる私がお勧めする本を約40冊並べた棚もありますが、ここでは私の手書きのポップをつけたり、マムロ書評が掲載された雑誌を並べたりしています。こういうことはネット書店がリアル書店にかなわないところだと思うんですよね。
Q: 接客面でのコンシェルジュのお仕事とは?
間室:当店にいらっしゃるお客様はたいていご自身が本好きなので、ご自分の本を選ぶのに手助けは必要とされてないのですが、プレゼント用に本を選ばれるときなどに、私たちにご相談いただくケースが多いですね。例えば、退職される上司に本をプレゼントしたいとか、母親の長期入院が決まったのだけど、病室で楽しく読める本を探したいとか。プレゼントをされる相手の方の好みや年齢、これまでにどんな本を読んでいらしたかなどをじっくり伺い、本を選びます。一方的におすすめするというより、一緒にいい本を探しましょう、というスタンスですね。
Q:本の仕入れの際の基準は?
間室:私は書評も書いていますので、毎日何冊も新刊やゲラ刷りが送られてきます。最新の出版物の内容がいち早くわかるので、ほんとにありがたいです。送っていただいたものは最大限、目を通して、おもしろかったものを店に仕入れたり、書評を書いたりしています。また、私は本ってコミュニケーション・ツールだと考えているので、「この本読んだ?」と話題にできる、流行りのものも、ためらわず置きます。一部のマニアックな読者に向けた本を置くというセレクトショップ的な棚づくりを得意とするコンシェルジュもいますが、文芸、文庫、新書は、ジャンルじたいがメジャーなんです。だからどこにでも売っている本をどうおもしろく紹介するかが腕の見せ所。おかげさまで当店はマスコミに東京の新名所として紹介されることが多くて、観光客もたくさんいらっしゃいます。メジャーな本の広告を新聞や電車の中刷りで見て買いにいらっしゃるお客様に、今話題の本やベストセラーが、どこででも売ってるからという理由で「当店にはそういう本は置きません」とか「私はそういう本は読みません」ってお答えするのはおかしいじゃないですか。ためらわずに言いましょう、私は売れる本が大好きです! その作家が表現者として優秀か、という問いも自分の中では立てますが、それ以上にその「売れ方」に興味がある。なぜこの人が今必要とされてるのか、とか、なぜこの傾向がウケてるのかとか。一方でそういうベストセラーの本の脇に、メジャーではないけどぜひお勧めしたいいい作品をきちんとポップ付きで置いて、「当店ならでは」の味を出すこころがけも忘れません。
Q:書評もたくさん書いてらっしゃいますが、読書の時間はどうやってつくっていますか?
間室:私、本を読むのがとても速いんです。文庫本だと30分くらいで読んじゃいます。完全に朝型人間なので、朝4時に起床し、出勤前の2時間くらいで読みます。実家が岩手県の本屋なので、小さいときから本を読むのが当たり前だったんですよね。本がないともう大変。この間ウィーンに4泊6日で遊びに行ってきたんですが、その時も30冊持っていき、全部読みました。観光の合間の電車の中とか、ホテルで朝食のコーヒーを待っている間なんかに読むんです。電子書籍は今後可能性のあるツールですが、いまだにケータイ電話を持たない生活をしている私には、生理的にダメなんです。全旅先では、本屋があれば必ず入ってみます。韓国やベトナム、モロッコ、そしてスペインでもそうでしたが、その土地の言葉がわからなくても、本屋が持つあの世界共通の独特の雰囲気が好きなんです。たぶん紙の臭いが好きなんですね。本屋さんにいると幸せを感じます。
Q: どういうジャンルの本がお好きですか?
間室:元々は英米文学が好きでした。本で読むアメリカやイギリスの世界にあこがれて、若いころは半年バイトをしてお金をためてはニューヨークに行き、帰国してまたバイトをしてはロンドンに行き、という生活を繰り返していました。スペイン語圏のものは誇れるほど読んでいないのですが、ボルヘスはすごいと思います。最近では、ホルヘ・フランコの『パライソ・トラベル』がよかったです。書評も書きました! 日本の作家では、古川日出男さん。彼には大きな力で文学の国境を楽々と超えてゆく、ボルヘスやガルシア=マルケスの系統を感じます。
日本の翻訳文学は、人気翻訳家である柴田元幸先生や鴻巣友季子さん、岸本佐知子さんなどのお名前が、「この人の訳するものなら内容もおもしろいことまちがいなし」というブランド感覚で売れてます。たしかに、翻訳力とともに、紹介力がすばらしい訳者の方々ですよね。各国の書店めぐりをしていて気付いたことですが、日本って、翻訳家の地位が高い。海外のペーパーバックなどは、表紙に翻訳家の名前が記載されていない場合が多いですからね。また、これだけ世界中の文学が原作の言葉から訳されている国もない。アフリカのスワヒリ語の文学であろうと、日本の出版社は律儀にスワヒリ語を日本語に訳せる人を探し出してくるんですよ。外国ではたいてい英語やフランス語からの重訳ですからね。日本は島国だけど、閉ざされているわけではなく、とても門戸が広い国だと思います。
実は一番好きなジャンルはバカミスです。探偵のもとに女の子が「いなくなった親友を探して!」と訪ねてくるが、よくよく話を聞いてみると、親友というのはカンガルーだとか(笑)、体長2メートルの金でできた招き猫が盗まれるとかいう「バカバカしいミステリー」。「笑っておしまい」の物語に癒されます。ハワイのビーチで寝そべって、一日に5冊くらいバカミスを読むのが私の至福の時間なんです!
間室道子(まむろ・みちこ)
代官山 蔦屋書店勤務。雑誌やTVなどさまざまなメディアでおススメ本を紹介。一枚のPOPからベストセラーを生み出す「元祖カリスマ書店員」。現在『サンデー毎日』に月イチ、『婦人画報』に隔月で連載を持つ。