世界の子どもの本を一同に集めた国際子ども図書館で、スペイン語圏の本をご担当されている藤代亜紀氏に、特に心に残っているスペイン語圏の絵本をご紹介いただきました。
みなさんは、国際子ども図書館をご存知でしょうか? 東京・上野にございます、ルネッサンス様式を取り入れた洋館風の図書館です。国内および海外で出版された子ども向けの本を40万冊ほど所蔵しています。海外の児童書については、120ほどの国・地域で出版されている、あらゆる言語のものを収集しており、スペイン語圏で出版された児童書の所蔵は約3400冊となっています。それらはおもに2階の資料室で調査研究のためにご利用いただいております。
当館は国立国会図書館の支部図書館であるため、国内の児童書については納本制度により網羅的に収集していますが、外国の児童書については限られた国の予算を使用して購入するため、調査研究に役立つようなすぐれた内容の児童書(受賞作や、定評のある作家・イラストレーターによる作品など)を厳選して収集しています。
今回はそういった児童書の中から、まずラテンアメリカのスペイン語圏の挿絵画家が絵を描いている印象的な絵本をご紹介します。
ラテンアメリカの絵本作家
アルゼンチンのイラストレーターNatalia Colombo(ナタリア・コロンボ)による”Cerca”(Kalandraka S.L.、2008年)という絵本は、落ち着きのある赤色を基調とした表紙に、シンプルで愛らしい動物のイラストが描かれていますが、「アヒルとウサギは、毎日働きに出かける時すれちがうけれど、あいさつをしたことがないのは残念なことだ。ひょっとしたら仲良しの友だちになれるかもしれないのに」という内容の話となっており、初めて読んだ時は衝撃を受けました。これは、子どもの目から見た大人の姿なのかもしれません。挿絵の持つあたたかい雰囲気を味わいながら、そういったことをしみじみと考えてみたくなる絵本です。こういう本に出会うと、毎日電車で通勤する方などは、同じ時間、同じ車両に乗るあの人のことがますます気になってしまいそうですよね。
今年(2013年)リンドグレーン記念文学賞を受賞して注目されているIsol(イソル)もアルゼンチンのイラストレーターですが、彼女の挿絵は軽妙で乾いたタッチで描かれているのが特徴です。”El globo”(Ed. Fondo de Cultura Económica, México、2002年)という絵本では、主人公の女の子はいつもお母さんに叱られてばかりいたのですが、ある日そのお母さんが風船になってしまいます。丸くて大きなオレンジ色の風船に乗っかって遊びながら、顔の端から端まで大胆に口を広げた不敵な笑みを浮かべ、主人公はこれ以上ないくらい無邪気でうれしそうな表情をしています。いつも私を叱責してばかりいるあの先輩も風
船になってくれたら・・・などと申し上げると、私の普段の仕事ぶりがばれてしまうので、やめておきましょう。”Vida de perros”(Ed. Fondo de Cultura Económica, México、1997年)という絵本はもっとカラフルに仕上がっていますが、この本でも、主人公が親友の犬と遊んでいる時の表情がかなり羽目をはずしていて、見ているだけで元気になれます。
ラテンアメリカのスペイン語圏については、アルゼンチンの他に、エクアドル、コスタリカ、コロンビア、チリ、プエルトリコ、ベネズエラ、ペルー、メキシコといった国々で出版されている絵本を所蔵しています。この地域の出版事情を表しているのか、全体的に簡素なペーパーバックが多いですが、メキシコについては比較的しっかりしたハードカバーを精力的に出版しているように見受けられます(ちなみに、さきほどの"Cerca"はスペインの出版物、"El globo"と"Vida de perros"はメキシコの出版物で、この3冊はすべてハードカバーです)。
スペインの絵本作家
そしてもちろんスペインにも印象深い挿絵を描くイラストレーターがいます。日本語に翻訳されている作品もまじえてご紹介します。
Tàssies(タシエス)は重厚で力強い版画風のイラストを描くイラストレーターで、彼の”Noms robats”(CRUÏLLA、2010年)という絵本は邦訳が出ています(『名前をうばわれたなかまたち』横湯園子訳、さ・え・ら書房、2011年)。初めて読んだ時は、頭部が果物のりんごの形をしている子どもたちがたくさん出てきて、目も口もない彼らの無表情な様子に当惑しましたが、内容としては、いじめに負けず自分を大切にしようというメッセージがこめられている話であり、あのりんごの顔は、子どもたちの孤独な心を表現しているのだろうなと思いました。
Tàssiesによる他の作品としては ”El nen perdut”(Editorial Cruïlla、2008年)という絵本があります。カタルーニャ語で書かれているので辞書をひきひき必死で読んでみたところ、どうもクリスマスの話であるらしいということがわかりました。ある夜に誕生した赤ん坊のイエスの姿が見えなくなったので、主人公が夢の中で彼を探しに行き、ついに見つけたところで目が覚めると、ベッドの前にプレゼントが置いてあった、というおごそかな気持ちになる話です。無骨ながら味わいのある星がちりばめられた表紙も心に残ります。
それから、Jesús Cisneros(ヘスース・シスネロス)が挿絵を描いている ”¿Y yo qué puedo hacer?”(OQO Editora、 2008年)という絵本についても邦訳があります(『なにか、わたしにできることは?』ホセ・カンパナーリ文、寺田真理子訳、西村書店、2011年)。こちらも強いメッセージ性を持った作品で、身近なところから社会に貢献することの大切さを述べています。一見さびしげに見えるほど淡々としたイラストは押しつけがましくなく、それでいてストレートに読者に訴えかける力を帯びているように見えます。
Jesús Cisnerosによる他の作品としては”Ramón”(Libros del Zorro Rojo、2009年)という絵本がありますが、こちらは主人公が船になった自分を想像して、オレンジ色の傘を帆に見立ててさしながら外へ出かけ、ちょっとベンチに腰掛けて休んでみたり、水に映った自分の顔にあいさつしてみたりしつつ、ありふれた日曜日のかけがえのない時間をゆったりと味わう様子を描いています。私も今度の休日、明るい色の傘を調達して町へくりだしたくなってきました。
また、Elena Odriozola(エレナ・オドリオゾーラ)がイラストを担当している”El hilo de Ariadna”(Thule、2009年)という作品の邦訳もあります(『アリアドネの糸』ハビエル・ソブリーノ文、宇野和美訳、光村教育図書、2011年)。ギリシャ神話から着想を得ており、糸玉からのびていく糸で主人公がいろんな遊びをする様子が、素朴で控えめな絵とともに描かれており、読者がささやかな幸せを感じられる絵本に仕上がっています。Elena Odriozolaによる他の作品としては、”Oda a una estrella”(Pablo Neruda文、Libros del Zorro Rojo、2009年)という絵本があります。主人公が空から星を盗んでしまい、誰にも見つからないようにと隠し続けた末に、川へ星を解き放ち、星は魚になっ
て泳ぎ去っていくという話です。チリの詩人パブロ・ネルーダによる、「ふるえる結晶」「氷」「アセチレン」といった言葉で星を形容してイメージをかきたてる詩と、粉のように舞い広がる星のきらめきをさりげなく描いたイラストとが静かに調和しています。こういった本についても翻訳出版されるとうれしいですが、一方で私のように、わずかなスペイン語の知識をもとに原書を懸命に読み解こうとすることで無限に広がる想像を楽しみたい、という方もいらっしゃるのではないでしょうか。そしてすぐれた挿絵には、その楽しみをいっそう大きくふくらませてくれる力があるように感じられます。
国際子ども図書館の所蔵資料の中から、ほんの一部だけご紹介しましたが、このように様々な個性を持つ魅力的なスペイン語圏の絵本をもっと多くの方に知っていただけるよう、これからも収集業務に励みたいと思います。
藤代亜紀(ふじしろ・あき)
千葉県生まれ。東京外国語大学ポルトガル・ブラジル語学科卒。国立国会図書館に就職後、洋図書の書誌作成業務等を経て、2003年から国際子ども図書館に勤務。