遥かなる音のアトラス
レポート執筆者:國貞 草兵
Souhei Kunisada
■概要(目次)
14 スヴァールバル諸島 永久凍土の音楽
20 ラップランド ツンドラの沈黙
26 フェロー諸島 楽器のなかった国
32 ヘブリディーズ諸島 サンキルダの失われたメロディー
38 ヴァローシャ ゴーストタウンにこだまする音
44 パプアニューギニア 私たちを幸せにする歌たち
50 モロカイ島 「ロック王」と反逆の島
56 ツバル 現代のアトランティスにおけるささやかな舞い
62 パース サウンドサバイバルマニュアル
68 ラパ・ヌイ(イースター島) 世界のへそからの音楽
74 シワ 遊牧民の音のオアシス
80 サハラ 砂丘の岩
88 セントヘレナ・アセンションおよびトリスタンダクーニャ 海の真ん中から聞こえてくる歌
94 サントメ・プリンシペ カリブ海の祭りで聴くアフリカのリズム
100 モンゴル 草原からの魔法のハーモニー
106 ヤクーツク 世界で最も寒い都市からのパンク
112 トルクメニスタン 中央アジアに侵入したシンセサイザー
118 ウルムチ シルクロードのルンバ・フラメンカ
124 チベット 世界の屋根からの残響
130 ヌナブト 北極に大昔から伝わる歌
137 モハベ砂漠 偉大なカリフォルニアのミューズ
142 モントセラト カリブ海の響きを持つアイルランドのバラード
148 イキトス アマゾン熱帯雨林の音
155 パタゴニア 南半球のウェールズ賛美歌
160 南極 南極への音の遠征
166 宇宙空間 星の棲家に届く宇宙の音
■あらすじ・内容
白夜の凍土や太平洋に浮かぶ孤島など世界の果てと呼べるような地理的および文化的に隔絶された場所で流れるさまざまなジャンルの26曲を集め、誕生の背景とそれらを生み出した土地の歴史を絡めながら解説した本。各章の冒頭にQRコードが付されており、本文を読み進めながら、スマートフォンなどでそこに紹介されている楽曲を実際に鑑賞することができる。
■所感・評価
この本は、おそらくほとんどの日本人がこれまで耳にしたこともなければ、その存在について考えたことすらない、遥か遠くの土地で生まれ育まれた音楽の世界へと読者を導いていく。初めて聴いたのにどこか懐かしい印象を受けるこれらの美しい楽曲に触れることができただけでも本書に出会えて良かったと、私は読後に強く感じた。本書を知らなければ、これらの曲を聴く機会は一生訪れなかっただろう。
ワールドミュージックについて書かれた類書は容易に見つかる。だが、世の中には数えきれないほどの音楽作品が溢れていることから、同じ曲について取り扱った書籍が存在する可能性はまずないと思われる。さらに、作者のビクトル・テラサスが音楽や文化関係の評論家ではなく、政治ジャーナリストとして活動していることが、本書を文化面やミュージシャンの人物像に焦点を当てた他書と一線を画す存在にしている。試訳(下記)したパタゴニアの章に出てくるウェールズへの弾圧に関する詳細な説明はその一例だ。
また、本書で私が特に心を惹かれたのは、さりげなく挿し込まれたエピソードの数々だった。例えば、同じくパタゴニアの章に、ウェールズ人移民たちが、「他の入植者たちとは異なり、地域の先住民たちと親しく付き合い、共生していった」という短いくだりがある。プロローグで作者も特筆しているように、立派な音楽辞典などでは不要な情報として片付けられてしまいそうな話だ。そっと付け加えるように書かれたこの挿話からは、虐げられ祖国を離れざるを得なかったウェールズ人と、迫害に苦しむパタゴニア先住民という、自分たちの文化を守ろうとするがゆえに苦難の道をたどることになった両者が互いに歩み寄り、協力して生きていこうとした歴史を読み取ることができる。先住者とのそうした関係性があったからこそ、ウェールズ人たちは入植地を都市へと発展させることができたし、自分たちのアイデンティティを保ちつつ、音楽をはじめとする自分たちの文化を現地の文化と融合させながら今に伝えることができたのではないか。一文一文を噛み締め、そのような歴史の裏側に思いをはせるのも、本書の楽しみ方のひとつである。
もちろん、歴史に関心がなくても、本書の内容――アフリカの砂漠で聴くエレクトリックブルース、広大な宇宙空間を旅する音楽、海底洞窟のメロディー、北極の地下壕に隠された音の記録、など――を一瞥しただけで、中身に対する興味が湧いてくるのは自分だけではないだろう。
各章に記載されているQRコードを利用して視聴できるのは1分にも満たないが、Spotifyのアプリを利用すればフルで聴くことができる上に、収録されているアルバムや関連楽曲まで無料で鑑賞することが可能だ。また、本編の前には、QRコードの他に、場所の地図、面積、人口などの情報が添えられている。日本で出版に至った場合にこの本の価格がいくらに設定されるのかは分からないが、得られる情報の量を考えると、かなり「コスパの良い本」になることが予想できる。
興味のあることを調べる際に、時間のかかる書籍よりもインターネットを利用することが多い現代だが、実際には当てもなくネット上をさまよい、時間ばかりが過ぎていくという経験をすることがある。その点、ネットと比べて自由度では劣るものの、あらかじめ作者が時間と労力をかけて選んでくれた情報を直ちに得ることのできる書物というものの利点について改めて実感した本でもあった。
■試訳
プロローグ(P.8)
地図と音楽は、私たちについて多くのことを物語ってくれる。それも、私たちが思っている以上にたくさんのことを。それらは、私たちに位置を示すための図面や、単なる音の信号やデータではなく、境界線がいかに恣意的に引かれているかということや、私たち人間が互いにどれほど緊密につながっているかを教えてくれるのだ。この本は、私の知らない神秘的な世界に対する興味から生まれた。本書において、音楽は羅針盤の役割を担っている。案内役は、無名の人々や名の知れた芸術家、人類学者に社会学者、ラジオのアナウンサーと地元のミュージシャン、アーキビスト(史料管理者)とアクティビスト(投資家)、レコードショップオーナーとレコードコレクターたちだ。彼らの語る、勝利と敗北に彩られたストーリーは、過去を探求し、現在を問い直し、未来を形作っていく。それらの多くは、重厚な音楽事典に載るようなものではない。大体はぞんざいに扱われ、隠蔽され、あるいは気にも留められなかった話たちだ。しかし、これら小さなエピソードのおかげで、音楽はその脈動を保つことができ、生まれた土地で流れ続けていけるのだ。
私はタカパウ(訳註1)を訪れたことはない。それどころかこの本で言及しているどの場所にも物理的に足を踏み入れたことはない。にもかかわらず、私はそれら全ての土地、すなわち、遠くにある小さな町、辺境の村、国々への旅をやり遂げた。これらの場所で歌が物語る現実は、本質的には、私が住む街で経験するものとそれほどかけ離れてはいなかった。音楽が作りだす形は無限だ。それは、サーミ族のヨイクの歌(訳註2)、シベリア地方ヤクーツクのパンク、コロンビアのチャンペタ(訳註3)、ビートルズのポップス、またはトリニダードトバゴのスティールバンド(訳註4)のいずれにも当てはまる。だが、たとえ形は違っていても、私たちは同じことについて歌い続けていく。喜びと恐怖、歴史と未来を分かち合う手段として音楽を使い続けていくのだ。
訳註1:ニュージーランドの島。
訳註2:北欧やロシアの極北であるラップランドに暮らす、先住民族サーミ族の伝統的な即興歌。独特の歌唱法で知られ、一部アーティストが来日して日本公演も行われている。
訳註3: アフリカ音楽の影響を強く受けたダンスミュージック。
訳註4:ドラム缶で作られた「スティールドラム」を中心とした打楽器アンサンブル。
(いずれも本編に登場する土地や音楽)
第24章 パタゴニア (P.154~P.157)
南緯41°48′37″ 西経 68°54′23″ 120万4071㎢ 人口241万804人
アルゼンチン/チリ
南半球のウェールズ賛美歌
アルゼンチンのパタゴニア地方には壮大で刺激的な風景が広がっている。そこには、氷原と階段状の高原、水の流れる渓谷と急峻な山々が織りなすように存在している。面積は100万平方キロメートルを上回るが、住民の数は、アルゼンチンの総人口およそ4,600万人のうちのごくわずかだ。北部には、人口の多い肥沃な大地がネウケン州とリオ・ネグロ州にまたがって続く一方、南部には、チュブ、サンタクルス、ティエラデルフエゴといった、気候的にも地形的にも陰鬱で峻烈な土地が控えている。数百年前に起きたある出来事により、その地域の片隅にケルトの音の痕跡が刻まれることとなった。
19世紀初頭、石炭、スレート、鉄鋼はウェールズにとって経済源であり、これらの資源をイングランドに供給していた。その一方で、ケルト文化を継承するウェールズ人たちは自分たちの文化的アイデンティティが次第に失われていく現実を目の当たりにしており、イングランドとの同盟に危機感を覚えていた。都市への人口移住策、農地の剥奪、ウェールズ人指導者たちの排除とそれに代わるイングランド人政治家の台頭、さらにウェールズ語の使用禁止というイングランドが突きつけてくる同化政策に、ほとんどのウェールズ系住民が不安を感じていたのだ。こうした中、未来に失望したウェールズ人の多くが、アメリカという未開拓地で新たな出発をしたいと考え、幸運の予感に胸を膨らませていた。
アメリカに着くや、彼らはアイデンティティを守るため、自分たちの居住地を開拓し、そこでの公用語をウェールズ語とした。特にニューヨーク州のユーティカやペンシルベニア州のスクラントンなどの入植地は都市へと変貌を遂げていったが、こうした成功の影で、移民たちは常にアメリカの習慣を受け入れ、英語を使用するよう求められる状況にあった。
それゆえ、ウェールズ人移民たちが完全にアメリカ的なライフスタイルに染まってしまうのは時間の問題であり、当然の成り行きと言えた。そこに、カトリックの説教師マイケル・ダニエル・ジョーンズという人物が現れる。彼は、移民としてアメリカでしばらく暮らした後、ウェールズに戻ったが、イギリス国教会との意見の相違と、英国政府の圧政に苦しむ民衆の姿を見続けるのに耐えかね、同政府の影響を受けずに済むコミュニティを作り上げたいと考えるようになった。ニュージーランド、オーストラリア、さらにはパレスチナなど、いくつかの場所を検討し、ジョーンズは最終的に南パタゴニアのチュブ州に移り住むことを決める。
1862年、ジョーンズはアルゼンチン政府に連絡し、移民の実現に向けた交渉を始めた。彼は、隣国チリとの間で紛争の原因となっていた土地の譲渡を求めた。アルゼンチン政府には、カトリック教会に土地を譲渡することで、その広大な土地に対する支配を強め、長年にわたる問題を解決させたいという思惑があった。3年後、リバプール港を出港した帆船ミモザ号は大西洋を横断し、約1万3,000キロを航海してチュブ渓谷に到着した。乗船していたのは、28組の夫婦、45人の独身男女、52人の子供たちの総員153人で、全員がウェールズ人だった。入植者たちはチュブに足を踏み入れた途端に、この場所が思い描いていた緑豊かな湿地帯の楽園ではないことに気づいた。むしろそこは荒涼として、孤立しており、陰鬱な雰囲気の場所――それが到着したばかりの土地に対する移民たちの第一印象――だった。彼らは飲料水を見つけるまで、砂漠を思わせる乾燥した土地を62キロも歩き続けねばならなかった。真冬だったこともあり、彼らはすっかり疲労困憊していたが、胸には希望の光が灯っていた。そのようにして、最初の入植は東部から始まり、徐々に広がっていった。その時に作られた町プエルト・マドリン、トレリュー、エスケル、ガイマン、ラウソンも今では都市に成長した。他の入植者たちと異なり、ウェールズ人たちは地域の先住民たちと親しく付き合い、共生していった。
当時の入植者の子孫が今は約5万人にまで増え、そのうちの5000人以上がウェールズ語を話していると推計されている。ウェールズ人入植者の歴史的遺産は、ネオゴシック様式の教会、石やレンガ、鉄板で造られた家屋、今なおコミュニティの人々を結び付けるさまざまな伝統的な儀式、そしてウェールズの言語や習慣を保存することを使命とするワークショップや学校に今なお見ることができる。
アルゼンチン人ミュージシャンのチャンゴ・スパシウクが制作したドキュメンタリー映画『小さな宇宙たち(原題:Pequeños universos)』では、ガイマン音楽学校の合唱団の活動が紹介されている。映画の中では、幅広い年齢層の男女が、何百年も前にウェールズの地で歌われていた賛美歌を斉唱している。「私たちはより良い未来への希望そのものだ。過去は去ったが、現在は私たちのもとにある。明日はまだ来ていないが、未来は私たちの手の中にある」。ウェールズの歌には宗教的なものが多い。住民の中には、その憂いを帯びた曲想が、アルゼンチンタンゴとそれほどかけ離れていないと主張する者もいる。
この辺鄙な谷に響き渡るケルトの音を初めてテレビで耳にした時、子供時代のグラフ・リス(ウェールズ人バンド“スーパー・フェリー”のメンバー)は驚くと同時に、強い興味を覚えた。番組では、アルゼンチン人歌手のレネ・グリフィスが、パタゴニアの風景の中を馬に乗って、聴いたことのないような節回しでウェールズ語の歌を歌っていた。数年後、リスはその謎めいた歌手が自分の遠い親類であることを知る。グリフィスは家族間のトラブルを理由にアルゼンチンに移住し、最終的にトレリュー郊外の小さな入植地に定住したとのことだった。リスは彼の足跡を辿るため南米への旅に出た。その実りある探求は、夢幻的で奇妙な味わいのあるドキュメンタリー映画『セパラド!(原題:Separado!)』に記録されている。
パタゴニアに今も残るこのケルト文化圏を取り囲むように、かの地の先住民にルーツを持つ伝統音楽や舞踊の世界が存在している。例えば、ロンコメオ(マプーチェ語に由来し、「頭の動き」の意)というダンス。これはリズムを崩さずに激しく頭を振るというこの踊り特有の動作を指している。男性のみによるこのパフォーマンスは、マプーチェのシャーマニズムを象徴する木製の太鼓「クルトゥルン」の音に合わせて行われる。
他にも南部パタゴニアでは、ロック、フォーク、ジャズ、クラシックなどの音楽スタイルも受け入れられている。この現代的な文化融合を実践しているアーティストの一人が、リサンドロ・アリスティムーニョだ。1987年にビエドマで生まれたこのミュージシャン、プロデューサー、マルチプレイヤー、シンガーソングライターは、伝統的な楽器を使用しながらも、電子楽器によるアクセントを加え、ポップロックの精神を盛り込んだ楽曲を世に出してきた。彼は何年も前からウェブサイトを通じて、MSFL(非営利音楽)と名付けられた、音楽を無料で提供するサービスを手掛けており、その中で新進ミュージシャンの作品を多数紹介している。このサービスを通じて音楽配信を希望するクリエイターは、MP3形式の楽曲をウェブサイトに掲載されているメールアドレスに送信するだけでよい。ただし、サイト上でアリスティムーニョがあらかじめ説明している通り、選曲は彼の個人的に好みに基づいてなされる。
アルゼンチンのパタゴニア地方には、アメリカ大陸の背骨と呼べるアンデス山脈が貫いており、高さ50cmにも満たない低木が生い茂る荒涼とした平原とそこに生息するグアナコ(訳註5)だけが目に入ってくる。この地は、いつの時代にも地元の音楽家たちにインスピレーションを与えてきた。先住民たちが築き上げた古代文化からウェールズ入植者の時代まで、この辺土で生まれた音楽の融合は唯一無二のものだ。ショエル・ロペス(訳註6)が『パタゴニア』で歌ったように、荒れ果てた砂漠の果てに倒れ込み、川の上に浮かぶ氷河をさまよい、終わりのない計画を描くことができるのは、この地だけなのだ。
訳註5:アルパカに似たラクダ科の哺乳類
訳註6:スペインのオルタナティブロックミュージシャン


