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イレネ・バジェホ──本と人類の物語を紡ぐ作家

Interview

イレネ・バジェホ──本と人類の物語を紡ぐ作家

500ページ超の大作にもかかわらず、40言語以上に訳され世界で100万部以上の大ベストセラーとなった『パピルスのなかの永遠(原題:El infinito en un junco)』(見田悠子訳、2023年、作品社)の著者イレネ・バジェホ氏が2024年に来日。ギリシア・ローマ時代を中心とした「本の歴史」をテーマにしながら、学術的な枠を超え、物語性豊かなエッセイとして多くの読者を魅了しています。彼女の創作の背景、文学への情熱、そして未来への視点を語ってもらいました。

Fernando Aramburu
Fernando Aramburu
Fernando Aramburu

9年を費やして書いた「本の冒険」

この作品は、大学で本や読書の歴史を研究して書いた博士論文が出発点でした。冷たい専門書ではなく、読者を引き込む「物語性のあるエッセイ」として、一般の人々に読んでもらいたいと考え、4年間の研究成果を、さらに5年かけて再構築しました。

本は、過去の声を未来へ届けるタイムカプセルです。昔はその場で空気の中に消えてしまっていた音楽が、楽譜ができたお陰で今でも楽しめるのと同じです。もし本がなければ、私たちはあらゆることをいつもゼロから始めなければならなかったでしょう。本の歴史とは、記録を残す方法を試行錯誤し、それらを独裁者による焚書、または火事や震災による破壊から命がけで守ってきた人類の壮大な物語の連続なのです。それらをひとつひとつ、真珠をつないでネックレスを作るように、感情豊かに描きたいと思ったんです。読者がページをめくりながら旅をしているように感じられる構成、つまり『千夜一夜物語』のように、エピソードを連ねるスタイルです。人間の顔が見える物語を通して、抽象的な概念を生き生きと伝えたいと思いました。類書を挙げるとしたら、アルゼンチン人のアルベルト・マングェルが書いた『読書の歴史:あるいは読者の歴史』(原田範行訳、2013年、柏書房)でしょうか。

日本語版の装丁は折り紙と巻物を混ぜ合わせてようなデザインでとても気に入っています。SNSで紹介したら、スペイン人のフォロワーから「日本語はわからないけど、日本語版がほしい」という声もありました。

今後の作品について

実は『パピルスのなかの永遠』の最初の原稿にはグーテンベルクの活版印刷機の開発までの時代を描きましたが、ギリシア・ローマ時代を中心にした方がいいという編集者の意見に従い、それ以降の部分はカットしました。本書の続編としてではなく、全く違う形で発表できたらと思っています。私の書くものには関連性をキープしながらも、それぞれアイデンティティが異なったり、革新的なものをにしていきたいと思っています。

次は異なる文化における「書くことの歴史」を探りたいと考えています。書き言葉がどのように生まれ、口承文化から文字文化へ移行したのか、それを世界の視点で描きたいです。文字というものがさまざまな地域で独立して誕生してきたことに、とても興味を持っています。

女性と文学──失われた声を取り戻す

日本には『源氏物語』の前にも女性による詩や日記文学がたくさん残っていますよね。いろいろ調べたらメソポタミア、ギリシア、ローマにも女性の書き手がいたことがわかりましたが、残念ながら作品はほぼ残っていません。でも本の中にも書いたように、何世代にもわたって、女性たちは集まって織物や編み物をしながら物語を語り合ってきた。まさに物語を編んできたのです。しかしそれを文字にして出版してきたのは男性たちでした。最近になって、これまで葬られていた女性が編んだ物語が掘り起こされるようになりました。そして、大学に進む女性が増えるにつれて、女性作家も増え続けています。

今世界中で女性作家の作品が人気ですが、これは単なる一時的なブームではないでしょう。長い間表面に出てこなかった女性たちの物語が、ようやく女性たち自身の手によって発表されるようになったのです。

読書の未来──本は消えない

デジタル時代において「本の終焉」が語られることも増えましたが、私は楽観的です。本は消えないと信じていますし、むしろ、これからますます必要になるでしょう。パンデミックの時、人々は再び本を手に取りました。読書は心を落ち着かせます。読書は、ストレスを減らし、他者を理解する力を育みます。ハサミや車輪やスプーンと同じように、本は私たちの生活に不可欠なものであり続けるでしょう。

本を読むことは、過去と未来をつなぐ行為です。AIは過去のアイディアや思考を学習したものでしかありません。新しいアイディアは人間にしか作れません。そしてアイディアは芸術や文学を通して培われるものです。これまで文学が生まれないところに大帝国や大文明が生まれたことはあったでしょうか?読書は民主主義の基盤だと思います。他者の視点を理解する力は、共生社会に不可欠なのです。

私が図書館を創るとしたら

私は誰でも気軽に入れる図書館という空間が大好きです。無料で入れて何も買わされない場所って、いまやほとんどないのではないでしょうか。これまでイタリアやイギリスの古い素敵な図書館をたくさん見てきました。フィレンツェではミケランジェロがメディチ家のために作った、大変すばらしい図書館もあります。でも私が作るとしたら、近所の人たちが気軽に立ち寄って、新聞や雑誌を読んだり、読書会やプレゼンに参加したりできる、身近な図書館にしたいですね。


「第57回造本装幀コンクール審査員奨励賞」を受賞した日本語版

「第57回造本装幀コンクール審査員奨励賞」を受賞した日本語版

イレネ・バジェホ Irene Vallejo (小説家)

1979年、スペインのアラゴン州サラゴサに生まれる。サラゴサ大学とフィレンツェ大学で古典文献学の博士号を取得。『エル・パイス』紙や『エラルド・デ・アラゴン』紙などでコラムを担当。小説、児童書、コラム集も出版されている。『パピルスのなかの永遠』(2019)は、世界100万部の大ベストセラーとなっている。本屋大賞ノンフィクション部門(2020)、国内最高峰の文学賞であるスペインエッセイ賞(2020)ほか多数を受賞。