政治家はもはやカリスマ性を持たないのだろうか? テクノロジー時代の政治家を彩る資質とは? 政治家はテクノロジーによって外見を操作しているのか? 有権者はいつから単なる観客、単なる消費者に成りさがったのか?
ラウル・エギサバル教授がここに描いたテクノロジー社会のモデルでは、視線と感情が交錯する。われわれは現在新たな段階、つまり超消費資本主義あるいは資本主義の第3段階を生きている。かの有名な壁は壊され、われわれは就業でも感情でも不安定な状況に置かれている。低コストの生活の中で、かつての資本主義の神話は変化し、新たな神話が作られる。社会は沈黙する。われわれが何者か、どこにわれわれが居るのかを映しだす鏡である本書は、快適な社会はつかのまの幻であり、革命といえばIKEAの玄関マットであるという、漂流する世界像をあぶりだす。